バチカンのスイス兵

法王を守るのはスイス兵
バチカンのスイス衛兵

前回の投稿で「傭兵」についてお話させていただきました。特にスイスの若者たちが傭兵として重宝された理由にも触れました。

今回は、バチカン市国にいるスイス兵についてご紹介します。

写真のように、派手な制服に身を包みバチカン市国と法王を警備をしているのはスイス兵です。バチカンはローマの中心にありながらも独立国家です。それなのになぜ外国人のスイス兵を雇っているのでしょうか?

歴史を知ると

ローマ法王といえども政治に関わり、対立や争いが絶えない時代がありました。特に1500年代初頭、時の法王はユリウスⅡ世。政治の争いから孤立し身の危険を感じていた時、常にかたわらで信仰心を持ち法王の警護をしていたのは、スイス兵でした。

それまでは臨時に傭兵を使っていたのを改め、常備軍を創設することを決定しました。その際、無類の強さと忠誠心で知られたスイス兵が採用されることになったのです。今に伝わる派手な制服は、ユリウスⅡ世の紋章の色にちなんでおり、彼が寵愛したミケランジェロがデザインしたといわれています。
ルツェルンのライオン像

またフランス革命の最中、チュイルリー宮殿のルイ16世一家を最後まで守り通し、押し寄せる革命軍と戦い786名のスイス兵が戦死してしまいました。雇い主に対し最後まで忠誠を尽くす姿が、フランス、スイス両国の人々の胸を熱くしました。

この出来事を記念して、スイスのルツェルンには「ライオン記念碑」(瀕死のライオン、嘆きのライオンとも呼ばれています)があります。
脇腹を矢で射抜かれ、苦痛と悲しみの表情を浮かべるライオン像は、フランス王家のユリの紋章ののある盾を守るように前足を置いています。この像の上にはラテン語で「忠実にして勇敢なヘルベティア人に捧ぐ」という言葉が彫られています。
ヘルベティアという言葉に関しては別の投稿で触れていますので、そちらをご覧ください。

この像の前に初めて立った時、ライオンの悲しげでつらそうな表情に胸が締め付けられました。強さを誇ったスイス兵でも、多くの犠牲を払ってきた歴史に思いを馳せました。

採用基準とは

1970年からは衛兵、法王の身辺警護としての任務に限定されていますが、スイス兵は今もバチカンのサンピエトロ寺院で見ることができます。
人数は百数十人。将校数名、下士官20~30名、他一般兵士の構成です。

採用基準は以下のようなものです。
サンピエトロ寺院
・男性
・カトリックのスイス市民
・年齢は19~30歳
・身長は174㎝以上
・中学またはそれに相当する職業訓練校と、スイスの基礎訓練課程を修了
・スポーツ能力と人品が良好であること
・伍長と兵は独身であること(近年、この基準は変化しているようです)

待遇は?

待遇が気になる所です。月収は約18万円程度です。免税や、保険料補助などの特権や、住宅費、食費の保証があります。
ただし、スイスの物価を考えると薄給にも思えますので、最近は希望者が集まりにくくなっているそうです。このため、在任中に外国で職業訓練やIT技術も学べるようにしているそうです。

紛争地域の警備兵
現代の傭兵とは?

現代ではバチカン以外で「傭兵」はいないと思っていましたが、調べてみると民間の軍事会社が世界中に500社以上あるようです。

紛争地域にいる自社従業員の警備兵、現地での物資補給活動、治安部隊の訓練などが主な任務です。

これらの人々は日当5~10万円と高額の報酬を得て働く民間人であり、世論の都合で正規軍の補強が難しくなっている時などに頼りにされています。
反面、すべてお金で解決でき、命を落としても戦死者としてカウントされない「便利で好都合な」存在ということができます。

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