それでも暑かった相馬野馬追

相馬野馬追の神事
相馬野馬追とは?

およそ千年前、相馬家の祖と言われている「平小次郎将門」(たいらのこじろうまさかど)が、新しい軍事力として馬の活用を考えました。北関東八州の兵を集め、野馬を敵兵に見立てて軍事訓練をしたり、馬を神前に奉納し祭礼を行ったのが相馬野馬追(そうまのまおい)の始まりと言われています。

国の重要無形文化財に指定されるお祭りで、今年は5つの地区から388騎が出陣の登録をしました。特筆すべきは現在でも、相馬家の当主が「総大将」となり、祭の主役を担っています。今年は3年連続で相馬俊胤さんが勤めました。何と15歳の高校1年生です。

相馬野馬追の甲冑競馬
祭のスケジュール

祭は3日間にわたり行われます。1日目は「御繰り出し」という神社での神事や、「宵乗り競馬」など。

2日目の午前中は先祖伝来の甲冑に身を固めた騎馬武者が祭り会場の雲雀ヶ原祭場地を目指して進む華やかな「お行列」。正午からは甲冑競馬で、各馬の速さを競います。午後1時からは「神旗争奪戦」。打ち上げられた花火が炸裂すると2本のご神旗がゆっくりと舞い降りてきます。これを奪い合い、勝ち取った者が見物客に讃えられ、神社のお札やスポンサーからの記念品がいただけるとのことです。

相馬野馬追の神旗争奪戦
3日目はは神社の境内に放した裸馬を素手で捕えて神前に奉納する「野馬懸」(のまがけ)という古来からある行事です。

今年から5月に

旅行会社のツアーでは、2日目昼頃からの雲雀ヶ原祭場地での甲冑競馬と神旗争奪戦を見るのが一般的です。伝統と迫力、美しさも兼ね備えた素晴らしい祭りです。お行列も人気の行事ですが、ツアーで見ることはまれです。午前中なので近くに宿泊していないと見物は難しいからです。

相馬野馬追は昨年まで7月末に行われていましたが、猛暑により馬にも、甲冑を着ている祭の参加者にとっても、見物客にとっても非常に「つらい」祭りとなっていました。数年前に私が行った時も猛暑で大変でした。見物席が南向きで、日陰も屋根もないからです。私は二度とこのお祭りには行かないでおこうと決めました。

去年のお祭りでは11人が熱中症で緊急搬送されただけでなく、2頭の馬が死んでしまったのだそうです。このため、今年からは日程を2か月前倒しして7月に祭りを行うことに変更したのです。おかげで昨年よりは10℃ほど気温が低かったそうで、緊急搬送された方はなかったそうです。

相馬野馬追の見物席
それでも暑かった

日程変更は成功したと行って良いでしょう。2度と行きたくないと思っていた私が今年行くことにしたのは、7月から5月に日程が変更になったからです。今回は雨の心配はなかったので安心でした。ところがやはり暑かったのでした。最高気温は23~24℃くらいでしたが、晴天の日中に数時間炎天下にいるのは大変でした。

座席は写真のような感じです。ひな壇状の区画にレジャーシートを敷いての見物でした。この通り日陰はありません。最初は良いのですが、時間が経つにつれて暑さがジリジリ迫ってきます。

神旗争奪戦が始まり、数本の花火が上がると、見物客もだんだん席を離れていきました。私も暑さに耐えがたくなり、バスに戻ってしまいました。7月よりマシですが、今回も充分暑かったのでした。ちょっと辛かったです。幸いお客様も体調を崩す方はいませんでした。

今年もやっぱり「暑い」相馬野馬追でした。

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