うさぎと毒ガス

うさぎの写真
うさぎの島

瀬戸内海に浮かぶ大久野島(おおくのじま)に行ってきました。野生のうさぎが見られる島として、ここ数年ですっかり有名になりました。

周囲4.3Kmの小さな島へは、瀬戸内海の大三島の盛港からも、本土側からは竹原市の忠海港からもアクセスできます。どちらからもフェリーで15分です。

フェリーの場合、島の第二桟橋に接岸します。小さなターミナルビルにWCの設備などがあります。大きなビジターセンターまでは、島内の無料バスを利用するか、徒歩10分位で行くことができます。小さな船なら、ビジターセンターすぐ近くの第一桟橋に到着するようです。
船の航路や大きさにより違うようなので、どちらに着くか確認すると良いでしょう。

フェリー乗る前に、ご希望の方はうさぎのエサを購入しておきましょう。100円です。
船によっては船内でも販売しているとのこと。

下船すると早速うさぎたちが見えました。
この日は天気が良かったせいか、木の根元など日陰に多く見かけました。

水を飲むうさぎの写真
コロナ禍で観光客が減り、エサがもらえなくなったので、2018年には900羽超いたと思われるうさぎの数が半減したと聞いています。

見られなかったらどうしようと心配でした。
「うじゃうじゃ」いた時とは違うようですが、可愛らしい様子を見ることができ、ほっとしました。

飼われているのではないため、毛並みが汚れていたり、ボロボロのうさぎもいました。
でもこのように水を飲んでいる姿は可愛いですね。

地図から消された・大久野島

大久野島の毒ガス資料館
うさぎの島としてすっかり観光地になった大久野島ですが、時代に翻弄された悲しい歴史もあります。

昭和初期、大久野島は「地図から消された島」でした。
昭和4年から20年まで、陸軍の毒ガス工場が置かれ、秘密裏に研究・製造が行われていました。

元々島にいた住民は、工場ができた時に強制退去を命じられ、旧軍関係の人以外はほとんど事実を知りませんでした。工場で働いていた人たちは、防護服を着用していましたが、物資不足のため十分な効果がなく、謎の病気を発症して亡くなる方も多かったといいます。

当時の研究所の建物が一部分残されており、毒ガス資料館として公開されています。
入場料は19歳以上が150円(20名以上の団体は120円)。19歳以下の方や、障碍者手帳をお持ちの方は無料です。
営業時間は9:00~16:00。年末年始以外はオープンしています。(臨時休館の場合あり)

毒ガス製造に使われた道具
現在でも、島の土壌にはヒ素による土壌汚染の心配があり、井戸などの地下水を使えないため、島で使う水は島外から船で運ばれてくるそうです。

私が訪れた日には、海辺で慰霊祭が行われていました。青い海に囲まれた小さなのどかな島に、こんなに悲しい歴史があったことをもっと多くの人に知っていただきたいです。

うさぎたちは?

うさぎの写真
毒ガス工場では、動物実験用にうさぎなどがが飼われていたそうです。戦後の食糧不足の時には食糧にもされたとか。

でも、今いるうさぎたちは当時のうさぎとは関係ありません。終戦で工場が閉鎖された時に処分されたそうですから。
今いるうさぎたちは、1970年代に小学校で飼われていた8羽のうさぎが放されて野生化し、繁殖したものです。

島にできた国民休暇村のマスコット的存在しても親しまれています。

ブームが来た!

当初は島やうさぎの存在については、広島県民にしか知られていませんでした。
SNSの発達や2011年の干支が卯だったことで、日本のメディアが紹介したり、旅行会社がうさぎをテーマにしたツアーを企画したことで火がつきました。

観光客がSNSに投稿したことで、外国人観光客も飛躍的に増えました。
コロナがなければブームはずっと続いていたことでしょう。
早くまた、たくさんの方にうさぎを見ていただける日がきますように。。。

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